愛しすぎる女たち
私自身はアルコール依存症の家庭で育った訳ではありませんが、何らかの形で家族関係すなわち人間関係の基本を学ぶ初期過程で躓きを経験している者にとっては、一度、自分がこのケースに該当するのではないか?と疑って手に取ってみて良い本だと思います。よくある癒し本とか、宗教みたいに「〜すれば幸せになる」みたいに根拠の洞察が無いような本は「お喋りをそのまま本にしたジャンク本」と思うのですが、これはケースを中心に(つまり論理ばかりコテコテの学術書よりも読みやすく)、どうして「不幸好きな恋愛感情」を好んで持ってしまうのか?に対する一つの仮説を提示しており、読む時間が惜しいとは思いませんでした。
私がACを自覚し、その問題に向き合って12年が経とうとしている。12年前この本を読み、それまでも「ニューエイじームーブメント」などの本に自分のなんとも言葉に形容できない辛さをどうにか原因を探り希望を持ちたいと願っていた。最初この本が書店で平積みになっているのを見た時直感的に「近づいては駄目だ」と思ったのを覚えている。そしてその本達を迂回するように書店を散策していた私がとうとう底を付きどうしようも無くなった時、図書館で手にしてのが、この本だった。今までの私のモラトリアムな気持ちを本書の中では=生きづらさとしていた。そして、自分が女性である為に摂食障害を繰り返さなければ愛されないと思っていた事、自分が必死で世間の求める女性像とそれ以上に人を愛し過ぎる傾が強い事、そして、家の台所を半分以上占めていた、母親の飲酒の足跡であるビール瓶を見て、自分が今まで否認し続けて来た事が何だったのかを知った。私が回復に繋がる為に踏まなければ行けなかったステップの1つとして本書との出会いがあった。否認と自己否認とそして、それを支配しようとする原因を追及し、その事実を暴き出すのに協力してくれた名著である。
一番驚いたのは、この本が昭和63年にすでに発行されていたということです・・。もっと早く出会いたかった本の一つです。
友人から姪が悪い男に騙されていると聞いた。よく聞いてみると彼女は自ら進んで彼のために自らサラ金からお金を借りて貢いでいたことがわかった。問いつめると「愛しているから。」とだけ答える。「騙されているんだ。」といくら言っても聞かない。彼と会って一緒に話しをしようと約束したその日に彼は蒸発。彼を彼女に紹介した友人を呼びつけ、友人の口から「騙されてるのに気づかなかった?」で目が覚めた。彼女のその時の表情は青ざめ、呆然としていた。札付きのワルの彼のために失ったものはお金ではなく、時間とプライドだろう。『愛しすぎる女たち』をプレゼントして数日後、「もっと早く読んどけばよかった。」今、彼女に彼の影はない。
愛することに疲れたり、愛されることに疲れるとき、それはもう愛ではない。 |
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